時の記念日特別展示イベント大阪で活動している「古時計クラブ(OWCC)」が時の記念日に「大阪くらしの今昔館」で開催している特別展示イベント。「古時計クラブ」は1984年6月10日の時の記念日に創立、昨年40周年を記念し「大阪くらしの今昔館」と『時の記念日特別展示イベント』を主催。時の記念日天智天皇が漏刻と鐘鼓によって初めて刻を知らせたことに由来している。大正時代、近代化が進み行く上で、国民自身の意識改革は急務となり『時の大切さ』を知らせ『時間厳守』を促進する目的とし定められた古くからある記念日。時の記念日である6月10日には、天智天皇を祀る近江神宮に漏刻祭が執り行われている。今年も『大阪くらしの今昔館』にて開催しておりました『時の記念日特別展示イベント』、「古(いにしえ)の時計屋さん」の取材記事を掲載してくださいました。昨年に引き続き、水藤編集長が自らお越しくださいまして、執筆もしてくださいました。感謝しかございません。あれから2ヶ月経過しましたが、遠い昔のように感じます。賑やかな中、大川さんも私も、そして古時計クラブの皆さんで一生懸命頑張っていましたので、あっという間のことでした。今昔館の9階は、本当に風情のある江戸時代に没入できる施設ですので、まだ来館されていないのであれば是非とも足を運んで頂きたい施設です。大阪トップクラスの観光名所ですのでおすすめです。時の記念日という存在のおかげで、海外に誇るべき日本人らしい正確な時間が今あるわけです。ルーズであった明治時代の日本人が、今のような時間に正確な日本人となり得たのは時の記念日に他なりません。旅行で日本を訪れる海外の方は、時間にきっちりと来るバスも、電車も、日本人の行動も全てが素晴らしいと絶賛されます。日本の誇るべきものは、真新しいビルや施設などの建物でもなく、再開発された都市でもなく、観光資源でもなく、『日本人の心』そのものではないでしょうか。建物も都市も観光資源も全ては人があってこそ成り立っているもの。ということは『人』が前提なわけです。その『日本人の真心』に触れることこそが、海外の方々にとって日本に訪れた喜びを味わえる醍醐味と言えます。しかしながら、どうでしょうか。最近では、何もかもが海外の真似事と化してしまっています。メディアでは「日本は海外に比べて遅れている劣っている」とコメンテーターが論じています。いつもこのことに違和感を感じます。日本は島国で固有の文化を持った国であり、外国とは根本的に違っています。しかしながら明治の文明開花があったように、文明の発展には海外を真似ることは必要不可欠で、昭和の高度成長期においても例外ではなく、必要であると感じますが、されど日本は日本、外国は外国であって物事には度というものがあるのではないでしょうか。明治の立役者である西郷隆盛が残した『西郷南州遺訓』の第十条にこのような記述があります。<原文>人智を開発するとは、愛国忠孝の心を開くなり。国に尽し家に勤むるの道明かならば、百般の事業は従て進歩す可し。或ひは耳目を開発せんとて、電信を懸け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの器械を造立し、人の耳目を聳動(しょうどう)すれ共、何故電信鉄道の無くては叶はぬぞ、欠くべからざるものぞと云ふ処に目を注がず、猥(みだ)りに外国の盛大を羨(うらや)み、利害得失を論ぜず、家屋の構造より玩弄物(がんろうぶつ)に至る迄、一々外国を仰ぎ、奢侈(しゃし)の風を長じ、財用を浪費せば、国力疲弊し、人心浮薄に流れ、結局日本身代限りの外有る間敷也。 <訳文>人間の知恵を聞きおこすというのは愛国の心、忠孝の心を開くことである。国のために尽し、家のために勤めるという人としての道が明らかであるならば、すべての事業はそれにつれて進歩するであろう。あるいは世の中には耳で聞いたり目で見たりする分野を開発しようとして電信をかけ、鉄道を敷き、蒸気仕掛の機械を造って、人の目や耳をおどろかすようなことをするが、どういうわけで電信、鉄道がなくてはならないのか、また人間生活に欠くことのできないものであるのかに目を注がないで、みだりに外国の盛大なことをうらやみ、利害得失を論議することなく、家の造り構えから玩具類に至るまで一々外国の真似をし、身分不相応に贅沢な風潮をあおり財産をむだづかいするならば、国の力は衰え、人の心は浅はかで軽々しくなり、結局日本は破産するよりほかないであろう。文明開花によって目まぐるしく変化する明治の世は、西郷隆盛の目にはそう映っていたようです。明治の世と同じで、今の時代もネットに始まったIT、スマホ、そしてAI。今は、天変地異や不幸ごとであってもスマホ片手に撮影している姿をよく目にします。火事や事故などこぞって撮影している姿にはゾッとしてしまいます。日本人はどうしてしまったのかと嘆かわしくなります。日本には、外国にはない『道』という概念があります。それは、神道・仏道・華道・茶道・書道・武道・剣道・柔道・武士道などにあるように『人としてどうあるべきか』という人道を前提とした上で前記したそれぞれの道がありました。それが礼儀作法であったりするわけで、我々が当たり前の常識として使っている『いただきます』や『ごちそうさま』は、曹洞宗などの仏道に端を発しているものと言われています。それらが日本人特有の常識として残っているのですが、この常識も現代においては海外の合理化という言葉によって無くされてしまいそうな状態です。昭和の方々に残っているこの常識はこの先亡くなってしまうのではないかと不安になってしまいます。まさに西郷隆盛が懸念していた状況が現代ではないかと感じます。明治の世ではネットはなく、あくまでも日本国内だけでの話ですので日本人の文化はまだまだ現代にも残ってきましたが、この現代においてはネットにより国の垣根はなく加速し、日本国内だけでの話ではなくなってしまっています。それ故、多様性を語る者ほど古いものを否定しているという矛盾や、合理化を唱える者ほどその過程の意味を知らず言葉を乱用しているのではと感じてしまいます。今一度、日本の文化や歴史に目を向ける必要があるのではないでしょうか。約260年も続いた徳川幕府において、日本人は読み書きのできる人は多かったと言います。そして日本人は箸で食事をしていました。しかし、評論家の言う進んでいるとする西洋諸国はどうでしょうか。当時は、読み書きできる人は少なく、そして手掴みで食事をしていました。何が言いたいかと言いますと、どちらが劣っている進んでるではなく、それぞれの時代において、それがその国の文化であると言うことだと思います。無理に力任せに変化させるのではなく、その国の風土にあったものでなければなりません。日本は、日本の文化を大切にしないといけない時代になったのだと感じます。昨今の異常なほどの気温や温暖化、地震や水害、山火事などの世界的に起こる天変地異や戦争を鑑みると、自然が、我々人間を害獣と見做しているのではないかとさえ思ってしまいます。時の記念日は、時間を大切にする気持ちであり、時間というものは水藤編集長も書かれていたように相手のためにあるもので思いやりや優しさです。『日本人の真心』このことに尽きるのではないでしょうか。長々とつまらない話をしてしまいましたが、今一度、道を重んじる日本人であることの誇りを持って欲しいと切に思います。▶︎「愛用している特別な仕上げを施したコロン商会 商館時計」はこちら▶︎「JPS仕上げ お客様依頼の小型のコロン商会 舞鶴印 高級仕様 商館時計」はこちら商館時計の魅力をご自身で感じてみませんか。100年以上前の時計とは思えないほど、洗練されていて上品な時計です。商館時計のオーバーホールや修理のことはJPSへお気軽にご相談ください。