ジョン・ハーウッド(JOHN HARWOOD)イギリスの時計修理職人(1893年~1964年)。1923年、時計修理の経験からリューズをなくしたバンパー式自動巻機構「HARWOOD」を開発。この機構は最初の自動巻機構の腕時計とされている。1930年には、ラグの伸縮で巻き上げができる「AUTORIST」を開発。1928年にハーウッド・セルフワインディング・ウォッチ・カンパニーを設立しイギリスでのマーケティングや販売を行っていたが、1931年の大恐慌で経営難に陥り終焉を迎えた。バンパー式自動巻「HARWOOD」は、1926年からの販売、約5万個製造したと言われている。「AUTORIST」は1930年から販売、1931年には終焉を迎えているのでどちらも数の少ない希少な時計となった。特に「AUTORIST」は「HARWOOD」よりも少ない約6千個ほどの製造だったと言われている。最初の自動巻はロレックスと言われているが誤りで、正しくは、最初がアブラアン・ルイ・ペルレで、その次にジョン・ハーウッド、そしてロレックスは3番目となる。以前に「AUTORIST(オートリスト)」という腕時計を紹介させて頂きましたが、上記ジョン・ハーウッドの説明の中にもありますが、もう1つの「HARWOOD(ハーウッド)」という大変希少な世界初の自動巻腕時計をご紹介したいと思います。▶︎『自動巻発明者ジョン・ハーウッドのもう1つの自動巻腕時計「AUTORIST」』はこちら「HARWOOD」という時計をご存知でしょうか。世界初の自動巻腕時計として大変有名な時計なんですが、ご存知ない方もいらっしゃるかと思います。「AUTORIST」そして「HARWOOD」と古時計クラブメンバーが所有しており今回も修理依頼を頂きましたので、この機会に大変希少な「HARWOOD」についてもお話させて頂きたいと思います。この「HARWOOD」という名の時計は、ジョン・ハーウッドというイギリス人時計修理師によって開発されました。ジョン・ハーウッドは、兵士として出兵しており度々腕時計が止まるという現実を目の当たりにしていました。それは湿気や埃などが原因で、リューズに問題があると感じていたと言います。戦地より帰還してのこと、問題視していたリューズを無くすというイメージが基本的にあったのでしょう。そしてリューズを無くすということで、「いかに時刻合わせをするか」「いかにゼンマイ巻き上げを行うか」という課題にぶち当たっていたのだと思います。常にそのことを考えていたのではないでしょうか。その答えは、ひょんなことから導き出されることになります。ある日、子供達がシーソーで遊ぶ姿を見て自動巻機構の構想が脳裏に閃いたそうなんです。何気ない日常の光景の中で見出したというのが本当に面白いですよね。1%のひらめきと99%の努力という有名な言葉がありますが、まさにジョン・ハーウッドは、常に努力を惜しまずアンテナを張っていたからこそ気付くことができたんだと言えますね。そしてジョン・ハーウッドは試作品に着手、1923年特許を申請し、1924年9月1日スイスにて特許番号106583を取得しています。こちらは米国特許の自動巻機構の図面です。ジョン・ハーウッドの名前を確認することができると思います。商品化には、フォルティスが時計自体の製造を、ムーブメント製造はアントン・シルトが行い、1923年の構想から3年後の1926年に世界初の自動巻き腕時計「HARWOOD」は誕生、バーゼルにおいて公に発表されました。1928年には、販売やプロモーションを行う「Harwood Self Winding Watch Co. Inc.(ハーウッド・セルフ・ワインディング・ウォッチ・カンパニー)を設立。「HARWOOD」は1928年から正式に量産販売されます。「HARWOOD」の呼び声は高くブランパンなど他社でも販売されたと言います。しかし、販売から3年後の1931年、不運にも世界大恐慌によって経営難に陥ることになり、資金難から特許の更新料を支払うことができなくなったことで特許が失われ、破産という結末を迎えることになってしまいます。この前年の1930年に「AUTORIST」が製造販売されていたことを考えると結果論ではありますが、「AUTORIST」への投資が足を引っ張ってしまったのかもしれません。ジョン・ハーウッドは、結果的に世界初である自動巻機構の特許を失ったことで、誰でも模倣製造することができるようになってしまいました。それに伴ってオメガやジャガールクルトなど多くの時計メーカーが、バンパー式の自動巻機構を製造販売するようになったと言います。ジョン・ハーウッドのバンパー式自動巻機構は、その後も他社によって長く製造され続け1960年代まで製造販売されたそうです。ヴィンテージ腕時計をよく知る方々なら、バンパー式自動巻機構を目にしたことがあると思います。そうです。それがジョン・ハーウッドが特許を失ってから製造販売されていたものになります。JPS仕上げムーブメント修理(不具合箇所の修理)オーバーホールムーブメント洗浄仕上げ文字盤汚れ除去時針分針洗浄仕上げetc.の作業を行いました。金無垢ケースの「HARWOOD」となります。「HARWOOD」の位置付けは高級腕時計だったそうで、最低ランクのニッケルメッキケースにはエングレービングが施されたそうです。「HARWOOD」ならではの6時位置小窓の赤白切り替えに不具合があり、ベゼルでの時刻合わせにも不具合がありました。ムーブメントは、これまで色々と触られてきた形跡があり、メッキハゲがかなりありましたが大きな損傷はございませんでした。前回の「AUTORIST」同様なるほどよく考えられた機構で、ジョン・ハーウッドならではという感覚を受けました。メタル文字盤も針も綺麗な状態で大変美しく綺麗な腕時計だと思います。世界初の自動巻機構の件ですが、ロレックスの話もご紹介させて頂きます。実は、ロレックスも全回転ローター式の自動巻機構の特許を1931年に取得していまして、自動巻機構搭載の腕時計広告を1955年12月4日に掲載しました。その広告には、懐中時計の自動巻はペルレによって開発され、ロレックスが自動巻腕時計を開発したという記述があります。この広告が元で、ジョン・ハーウッドとの紛争問題に発展してまうことに…しかし、ロレックス創業者であるハンス・ウィルスドルフは大きな決断をします。これは、1956年6月10日のサンデーエクスプレスに掲載されたものです。ロレックス創業者であるハンス・ウィルスドルフは、ジョン・ハーウッドに対して正式に謝罪しました。そこには『ジョン・ハーウッドは自動巻腕時計の最初の発明者』であること、そして『掲載した広告によってジョン・ハーウッドの心を傷付けてしまったっことをお詫びします』という記述があります。これは中々できることではないと思います。ハンス・ウィルスドルフという人物は時計師ではなくビジネスマンではありましたが、時計に対して敬意を示していたこと、そして時計師に対しても敬意を示していたことがこのことからもわかると思います。そして、ハンス・ウィルスドルフは新たな広告を掲載します。こちらがその広告です。ロレックスの象徴とも言うべき王冠の左右にペルレの肖像とジョン・ハーウッドの写真が掲載されているのがわかると思います。…1923年、イングランド ランカシャー州ボルトン出身のジョン・ハーウッドが、最初の自動巻腕時計を考案開発しました。…ペルレとハーウッドが追求し、苦労して実現した原理は、ここで最高の開花を遂げロレックスパーペチュアル「ローター」によって新たな地平が開かれた…そこには上記の記述が見受けられます。『最初にペルレ、次にジョン・ハーウッド、そしてロレックス…』として敬意を示しています。現代において、ロレックスが抜きん出ていることが頷けるような出来事です。時計の歴史や人物を紐解くことで知れる逸話といえます。ロレックスユーザーにとっては誇るべきことですし、このことを知ってロレックスを持ちたいと思う方もいらっしゃると思います。また「HARWOOD」は、ロレックスも認めた最初の自動巻腕時計だという紛れもない事実がこの時計の希少性を物語っています。私の若い頃は、時計そのものの格好良さもありましたが、このような逸話など情緒的なことが結構な割合で所有欲に繋がっていたように思います。ご自分の時計のことを色々紐解いてみてはいかがでしょうか。知らなかったことを発見したりすると、より好きになれると思いますよ。▶︎コロン商会の「JPS仕上げを施した明治時代の商館時計」はこちら▶︎「LONGINES 二針 最小型 金鍍金 1967 腕時計」はこちら懐中時計のオーバーホールや腕時計、掛時計、鳩時計、置時計のことならJPSへご相談ください。