明治時代の日本人の意見が取り入れられた意匠商館時計は、明治時代に外国商館が販売した懐中時計で、携帯する時計としては日本に初めてやってきた懐中時計でもあります。環と鍔明治時代の商館時計には、2つの鍔がついた環があるのも商館時計ならではの特徴です。この鍔の役割は明治時代の日本ならではの生活に関係しております。文明開花の明治時代、日本に西洋の文化が伝わると共に洋服も日本に伝わってきます。当時、商館時計は大変高価な嗜好品でもありましたので、一般庶民が商館時計を購入できるまでには少し時間がかかります。この頃は、まだまだ一般庶民は和服の文化でした。商館時計を手にするようになっても日本人はまだまだ和服で生活をしていました。和服で懐中時計を持つ際には、ご存知の通り提げ紐をつけることになります。洋服であれば提げ鎖を取り付け所持するのですが、和服ですので提げ紐でした。提げ鎖を環に取り付けた場合、写真のように竜頭の根元にずれてしまいます。提げ鎖の場合であれば、竜頭の下端のギザギザ部分は金属同士滑るので問題はございませんが、提げ紐の場合ではどうでしょうか。紐が竜頭の下端のギザギザ部分に引っ掛かってしまうこともあります。実は、環に取り付けられた鍔は紐が根元にずれないようにするためのもので、和装であった日本人には大変ありがたい仕様でした。些細なことですが、この些細な鍔のことであっても日本人の意見を真摯に取り入れて時計作りに活かしていたということがよくわかります。商館時計のことが書かれた記事に鍔のような商館時計の特徴は日本独自の仕様という記述を目にしますが、実は誤りです。環の鍔は日本独自ではなく実際に時計生産国のスイスですでにあった仕様であってスイスでも環に鍔のつけられてものが存在しています。そうしたパーツを活用して日本向けに作られていき日本の仕様となった形態が商館時計というものであったということなんです。魚子模様 / 斜子模様その他の特徴としまして「魚子(ななこ)模様」があげられます。魚子模様は写真の裏蓋の模様のことです。オープンフェイスの商館時計の裏蓋やハンターケースの表蓋裏蓋にはこの魚子模様が施されてあります。実はこの魚子模様も前記した環の鍔同様に日本ならではの特徴があるんです。イギリスのベンソンなどご存知でしょうか。イギリス時計は銀無垢のつるんと鏡面仕上げされた時計ばかりです。スイスでも鏡面仕上げのものが多くあります。それにもかかわらず日本ではこの魚子模様…これには日本の気候や風土が関係しています。日本は湿気が多いので鏡面仕上げのケースでは指紋がついたり触った部分が白くなってしまいます。それと鏡のように鏡面であるとついた指紋が気になってしまいます。日本人としては気になるところですよね。明治時代の日本人もこの指紋や白くなることを嫌ったのだと思います。明治時代の日本人のこうした意見を真摯に取り入れ採用したのが、この魚子模様だったんです。魚子模様とすることで指紋は目立たなくなり綺麗な状態を保つことができます。裏スケルトンそして明治時代の日本人が一番気に入り好んだであろう特徴があります。それは裏蓋を開けるとスケルトンになっていてムーブメントが見れるというところです。今では裏スケルトンという仕様が人気になっていますが、昔のヴィンテージウォッチでもスケルトンのものはあまりありません。しかし、それよりもっと古い明治時代の商館時計では、そのスケルトンが当たり前だったというのも不思議な話ですよね。商館時計を初めて目にした日本人にとっては時計自体も驚きだったでしょうが、さらにムーブメントがガラス越しに見れるというのは衝撃的であったと思います。商館名の刻印商館名は裏蓋裏に、それぞれの商館が商標登録しているマークとカタカナ名が刻印されました。日本人が気に入る仕様に作り込まれ日本では大変高級な嗜好品であった商館時計は、明治時代の人々にとって自慢したいものだったんでしょう。必ず人に見せる際には裏蓋を開けガラス越しにムーブメントを見せて自慢したと思われます。その際に裏蓋が開いた状態ですので、当然中蓋裏も見えます。そのことを考慮していたのかは想像でしかないですが、宣伝できるようひっそりと日本人に馴染みのある商館マークや商館名をカタカナで入れていたのかもしれませんね。このように日本人の意見が取り入れられ、本当によく考えられた時計が商館時計なんです。商館時計から溢れるノスタルジー明治時代というと1868年〜1912年の期間、今から155年〜111年前のことです。街頭はガス灯、陸蒸気という汽車が海岸沿いを走っていたりと今とは違った文化だった頃ですが、どことなくノスタルジックな思いにさせられる雰囲気を持っています。白色の琺瑯文字盤に繊細な線のローマ数字というのも大変上品です。商館時計の中でも古いものはブレゲ針が主流で、石が装飾された針へと移行していきました。どちらも鋭く尖った繊細な素晴らしい針が取り付けられてありました。商館時計は今の時代でも上品で嫌味のない飽きのこないデザインをしています。腕時計になる以前は懐中時計でしたので、この商館時計は携帯する時計の最終形態とも言えます。日本人の好みをうまく取り入れ最大限に活かされた仕様でもありますので、現代人であってもどことなく惹かれるのも当然なのかもしれませんね。